2年振りにはろと再会し、長野での活動方針も『リヤカーで子どもに遊びを届ける』と決まったものの、リヤカーがなかなか見つからず、活動が始められずに苦悩していた2008年3月の終わり。
僕の電話に1本の電話が入ります。
それは僕の知らない男の人からの電話でした。
『初めまして、どんちゃんですか?アースデイ長野の実行委員長をしてる者です。知り合いからどんちゃんのことを聞いて電話したんですが、よかったらアースデイ長野の実行委員に入ってもらえませんか?』
そんな電話でした。
僕はそんな知らない人からの唐突な誘いに、二つ返事でこう答えました。
『ぜひ!よろしくお願いします!』
はろとのリヤカーの活動とは全く関係のない人からの誘いでしたが、とにかく長野で何かしたいと思っていたことと、元来何にでも興味を示しやすい僕の性格が味方し、僕は4月に長野市若里公園で行われるアースデイ長野の実行委員に入ることになったのです。
それから僕は実行委員会に参加するようになり、一方でははろとリヤカーを探し続ける日々。
実行委員では、『どんちゃんに子どもが遊べるブースを任せたい』、そんな話が出ていました。
僕ははろにこんな提案をしました。
『アースデイをめどに、改めて本気でリヤカー探しをしよう!そしてアースデイにリヤカーを率いて出動しよう!』
しかし―
やはりリヤカーは見つかりませんでした。
4月27日のアースデイ本番。
僕たちは信大教育学部の備品であるリヤカーを1日だけ借用し、アースデイに参加します。
集まったスタッフは11人。
子どももたくさん遊びに来てくれました。
本当に楽しい1日でした。
そして、その夜行われた『アースデイ交流会』でのこと。
僕とはろは、集まった人達に対し、こう呼び掛けました。
『僕たちは今、子どもと遊ぶ活動をしたいんです!そのためにリヤカーが必要なんです!何か情報があればご協力お願いします!』
アースデイ交流会に参加していた皆さんは本気で僕たちの相談に乗ってくれ、すぐに『味のあるリヤカーを探す会』が立ち上がりました。
ここまで本気で協力してくれる人達が、しかも何人も!
僕たちに『感謝』以外の言葉は見当たりませんでした。
そして、
なんと、
アースデイから1週間も経たないまま!
『リヤカー見つかったよ!』
アースデイ交流会に参加していたなるさんからの一報でした。
まさかこんなに簡単に見つかるとは!!
俺たち今まで何か月もなんで見つけられなかった!?
俺たち努力不足!?
いや、これは本当に『人のつながり』のおかげです。
人のつながりってすごいんだ。
2人でこんなに苦労したことが、みんなで協力すれば、こんなに簡単に見つかってしまう。
僕たちは人のつながりの凄さ、大切さ、そしてありがたさを噛み締めました。
リヤカーが見つかった今年5月、いよいよ僕たちの思いが形となる日が近付いていました。