びんずるのあと、急に体調を崩してしまいました…。
が、何とか復帰しました!
これからますます夏本番です!
今日は久しぶりに、僕とリヤ王の物語『僕とリヤ王』(←そのまま)を書いてみようと思います。
―大学2年の春、中村先生との出会いで、少年時代以来、久しぶりに自然の中へ入っていった僕。
そんな中、事件は起こる…
『僕とリヤ王part.3』
大学2年も終わろうとしていた2005年の2月。僕は雪深い戸隠高原へと来ていました。
自然の中での楽しみ方を覚え、それに夢中になっていた僕は、冬の森を楽しみに来ていたのです。
このころ、自然の中に入る時、何か困った時に役に立ったのは、少年時代の思い出でした。
『この木に登るとやばいかな?』
『確か、こういう所にはスズメバチがよくいるんだ。』
『この雪の下には川があるかも知れないから踏まないでおこう。』
他にも、必死に図鑑で覚えた生き物の名前、火遊びをしてこっぴどく怒られた、効率のよい火の起こし方、そんな思い出達が、未だ僕の体には残っていたのです。
―僕を成長させてくれたのは自然だ。
僕はそう感じ始めるようになっていました。
ニュースでは、自然が失われ、子供が外で遊ばなくなったと報じられるようになっていた、そんな時期とも重なっていました。
僕は自らの体験から、そのニュースを見て不安な気持ちになりました。
自然の中で遊ばす、人は本当に生きていけるのか…。
そんな時でした。
僕の耳に、悪い知らせが入ったのは。
友人の兄がうつ病で自殺したというのです。
その知らせを聞いた時のあの感覚は今でも忘れていません。
その友人の兄は、僕と会ったことも話したこともない人でした。
なのに、頭が真っ白になり、
なんで?
なんで俺は何にもできなかったんだ。
俺どうすればよかったんだ。
今でもなぜだか分かりませんが、『自分の責任』『自分の力のなさ』、そんなものを感じました。
会ったこともない人の死。
でも身近な人の死。
僕はもうこんなことをしちゃいけない。
そう強く感じました。
そして、以前から何気なく感じていた学校教育への疑問、社会への疑問、そんなことを改めて深く考えさせられました。
『僕に何ができるのか』
『何をすれば一番いい形で社会に役にたてるのか』
なぜだか分からないけれど、そんなことばかり考えるようになっていました。
それからというもの、僕はその答えを探し続けていました。
なんとなく、『僕が学校の先生になっても何とかなる問題じゃない。もっと他の道があるはずだ』と感じながら。
大学3年になり、月日も過ぎた秋の事、その答えのヒントに僕は出会います。
当時、僕は教育学部の『保健体育専攻』に属していました。
同じ体育科クラスに『野外教育専攻』という専攻があります。
その野外教育選考の、渡辺隆一という先生と、たまたま少し話す機会がありました。
隆一先生とは、それまでまともに話した事はありませんでした。
それでも隆一先生は、僕がよく自然の中へ遊びに行っていることを知っていたらしく、こんなことを言ったのです。
『お前みたいに森で遊んでるやつは環境教育やってりゃいいんじゃねぇの?』
僕は思いました。
『環境教育ってなんだ??』
僕は聞きました。
『…環境教育って何ですか?』
隆一先生は言いました。
『もうすぐ山梨県の清里づで環境教育の大きな集まりがあるから行ってみろよ。』
僕はすぐにその『清里ミーティング』への参加を決めました。
『環境教育ってなんだ?』
それでも、その言葉に、僕は大きな期待を感じていたのです。
続く…